ゲリート顔

内田道雄

元日本道路公団副総裁

旧日本道路公団や国土交通省が発注した

鋼鉄製橋梁工事をめぐって

国内メーカーのほとんどが談合組織に加わったという

空前の官製談合事件で、

有罪の判決が下ったそうな(7/4・東京高裁)

記録的な数の弁護団だったらしいけど

発注する側のトップの刑事責任は免れなかったようだ。

これを境に日本のゲリート支配が

崩れていくといいな、とワタシは思う。

え、ゲリートってなにかって?

天下り役人のことです。

下って利益を得る人、下痢人と書いて

ゲリート。造語ですよ、造語。

ワタシがエリートと区別をするために作った言葉です。

いくら東大を出て偉い国家官僚になっても

エリートとゲリートは大違いですよ。

真のエリートとは、

常に自分の事より先に他人の事を考え、

役に立とうと行動出来る人のことです。

もし、他の人より優れている

学力や能力があれば

それを自分のために使うのではなく、

より多くの人の幸福のために利用しようと

努力する人のことを呼びます。

そして、こういう人を育て、みんなのために

働いてもらうように援助することを

エリート教育といいます。

たとえばお医者さんであれ

政治家であれ、博士であれ

裁判官であれ、外交官であれ、

パイロットであれ、芸術家であれ

とても凡人には出来ない優れた能力で

みんなのために役にたってくれるんですから

国民はエリートに対して

特別な待遇だったり、特別な権利を与えます。

真のエリートはそれに対して恩を感じ、

奢ることなくさらに努力を重ねます。

ゲリートはこれに対して

いつも、自分のことを考えています。

すべての行動の目的が自分への利益誘導です。

自分の幸福のためなら

他人の不幸には目をつぶれる人のことです。

努力は惜しみませんが、

すべては自分のためです。

優秀な能力や才能を使うのは

自分のためであって他人のためではありません。

与えられた特権は、当然の報酬と考え

権利のない相手を見下したりします。

下すのは得意です。ゲリートですから。

そして、そんな自己本位の優等生を

作り出すのがゲリート教育。

このように、エリートとゲリートは

ずいぶん似て非なる人種であると、

ワタシは考えているのね。

悪貨は良貨を駆逐する、というけれど

真のエリートたちはいるはずなのに

次から次へ出てくる国家官僚たちの不祥事。

マスコミはそんな人たちをなかなか

クローズアップして見せてくれないから

余計にこの国はゲリートだらけに思えてしまって

がっかり、うんざい、憂鬱になる。

だけど、日本の社会がひどくなってしまったように思えるのは

極論すると、エリートとゲリートを区別しなかった

ということに尽きるのではないかしらん。

日本社会はエリートを育てるつもりが、いつのまにか

ゲリートを拡大再生産してしまう社会になっていた。

真のエリートは競争では育たない。

だって、自分より他人のことを優先して考えるのは

競争の精神じゃないからね。

ところが、競争で勝ち抜くことが

エリートの第一条件だと思い違いをしてしまったのが、

現代日本の不幸の根源じゃないか。

言い換えると、

競争原理のゲリート教育こそが

日本をダメにし続けているのだと

ワタシは強く思うのですわ。

「勉強はなんのためにするの?」と子供に聞かれて

「自分のためよ」とだけ答える親は

ゲリート教育かもしれない。

それだけでなく「人の役にたつためよ」と

本気で諭すのが

エリート教育なのではないかなあ。

子供が抜群な成績を取ってきても、

「あなたが優秀なのは誇らしいけど、

ゲリートにだけはならないでね

と、心から願う親、

そして、たとえ子供の成績がひどくても

「人の役に立つことの方が大事。

それをいつも考えているなら

ゲリートよりはまし

と、励ますことのできる親。

基本スタンスは

競争より、協力。

今回の判決を機会に

そんな親たちが日本中にあふれたら、

おそらく日本は変わっていくだろう。

少なくとも20年か30年したら

真のエリートたちによって

日本は劇的に生まれ変わることが

できるかもしれないよね。




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